寛元銘板碑

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住宅街の集合墓地内にある神奈川県内で確認されている最古の寛元銘板碑。
寛元二年(1244年)。

2020年10月1日
横浜市青葉区


横浜市指定有形文化財(考古資料)
板碑(寛元銘)
  平成四年十一月一日指定

 青葉区鴨志田町五二九-八集合墓地内に所在する本板碑は、昭和五十四年まで「念仏堂跡」と呼称された、この地に造立されていましたが、土地区画整理事業に伴い整備された本集合墓地に新たに設置されたものです。
 下部をコンクリートで固められているため総高は不明ですが、高さ一三三cm、上幅四七・五㎝、中幅四九・五㎝、下幅五二㎝、厚さ八㎝を測ります。
 材質は秩父産と考えられる緑泥片岩で、阿弥陀如来一尊種子板碑です。碑面には、圭頭部下の横線は見られませんが、側面に二条の深い切り込みを施し、上半部中央には阿弥陀如来をあらわす種子(キリーク)が大きく薬研彫りされ、更に下半部左右には紀年銘が刻され、右側に「寛元第二□(年か)」左側に「七月廿□(四又は五か)」の文字が刻まれています。
 本碑の性格は、「念仏堂跡」地に所在していた状況が、河原石の三ツの小山が南北に並ぶ中央に碑面を東方に向けて設置され、碑の前面には大石の埋設と、その下部約五十㎝には瀬戸の瓶子と思われる蔵骨器が、六から七個の河原石に取り囲まれている状態で出土したことが確認されていることから、墓碑的性格を有する板碑で、さらに、本地域の中世墳墓としての実態が把握される貴重な資料と考えられます。また、本碑の存在は、中世社会において石材生産地より当地にいたる交易の路が開けるほどの流通と、それを購入し得る経済力がこの地にあったことを窺わせるとともに、現在、県内において確認がなされる最古の板碑であり、中世の信仰を解することができるものとして、重要な価値を有しています。
 平成五年三月
    横浜市教育委員会







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